星野有史 “研究所通信/ハーネスランド”

マリアのイラスト
 「ハーネス・ウィ研究所通信」のタイトル『ハーネスランド』は、天使犬ウィが暮らしていた故郷、理想の福祉社会をイメージした「共星=ハーネスランド」から名前をつけました。この星に住む天使達が協力し合って生活しているモデルを理想に、私達も心のハーネスを輝かせ、ともに助け合い成長できるコミュニティを願って発信するものです。
<< 梅雨のせいではないけれど! | main | ミケが残していったもの >>
立ち上がってもらえますか!
0
    立ち上がってもらえますか!


    いつの間にか眠っていた。
    心地よい揺れに身を任せて……まるでふわふわ小舟で浮かんでいるかのような感覚。
    何て気持ちがいいんだろう。
    そんな私を現実に引き戻した突然の呼びかけ。
    「起きてくださーい。起きて」と。

    一体、何なんだ!
    目を覚ました私に彼は続けた。
    「すみません。一度立ち上がってもらえますか」と。


    仕事を終えて帰るターミナル駅。
    折り返しの始発電車に乗り込むと、私はシータスの案内で席に座る。
    シートの一番端。
    邪魔にならないようシータスは足元に伏せさせた。

    以前だったら、すぐ
    「いい子ですね」とか、
    「盲導犬は降りる駅が分かるんですか?」などと声をかけられたものだ。
    しかし、今は少ない。
    盲導犬が珍しくなくなったせいもあろう。
    けれど、
    圧倒的に違うのはスマホの普及。
    殆どの人はそれに集中していて、
    それぞれの世界に入り込んでいる。

    トラブルは困るけど、
    たわいのない会話もなく、
    人の気配も感じられないような車内には、
    時々不気味な空気さえ覚えるほどだ。

    自分もスマホを手にしてみるが、
    音を拾うためとはいえ耳をイヤホーンで塞ぐのは危険もあるし、
    揺れる電車に指先の微妙なコントロールまで奪われたくない。
    ぶつぶつマイクに向かって音声入力したら周りの人はひくだろう。
    見えなくても使いこなしている人はいるけど、私はポケットに入れたまま。
    そのうち……リズミカルな走行音と揺れに眠気が襲ってくる。


    話しかけてきたのは高校生くらいの男の子。
    一体、何の用?
    寝ているところを起こして、それも席を立てとは?
    決して強い口調ではないのだが、理由も告げない指示に「何だ、こいつ」と。

    その後ですぐに思い直す。
    もしかしたらシータスのしっぽが出ていて踏まれてしまうとか、
    ぐったり具合が悪そうだとか!
    いや、食べ物を与えたり、いたずらする人もいる。
    それを教えてくれたのかも?
    まだ覚めきれない頭であれやこれや考えた。
    けれど、立ち上がらなければならないまでの理由は思いつかない。
    もしかしたらシータスではなく、自分の方に何かあるのか!

    「どうしたの? 何で立たないといけないの?」
    彼は説明する時間もおしいといった早口で
    「スマホのバッテリーケースを落としちゃったんです。背中の奥に……」と。

    すぐに手を回して確認してみると、何かが触れた。
    「これ?」
    拾って彼の前に。
    「はい。ありがとうございます」と、ひったくるみたいに、
    それも逃げるような急ぎ足で電車を降りた。

    私は吹き出してしまった。
    おそらく彼はドアの角に立ってスマホをいじっていた。
    そうしたらスルリとケースが落下。
    手を伸ばして取るにも仕切りのボードが高くて……届かない!
    降りる駅は迫ってきているし、
    拾ってほしい、と頼みたい人には障害が!
    自分が拾うために立ってもらうことを考えたが……熟睡。
    ましてや足元には盲導犬が番をしているではないか。
    困ったあげくの呼びかけだったのだ……きっと。

    駅に停車していた電車は彼が降りてすぐドアを閉めて発車した。
    ぎりぎりセーフ。
    間に合ってよかった、と安堵する一方で苦笑いが。

    ながらスマホは困るし、
    画面に釘付けで無関心の車内も淋しいが、
    そんな中で生まれたコミュニケーション。
    こんなこともあっていいか(#^.^#)

    シータスが顔をあげて私を振り返った。
    ふー、と漏らしたため息に、隣りのお姉さんが、クスッ、と笑った。

    <星野有史>



    | 星野有史 | - | 21:30 | - | - | - | - |
      12345
    6789101112
    13141516171819
    20212223242526
    2728293031  
    << October 2019 >>

    bolg index このページの先頭へ